保険会社とコンプライアンス 保険金犯罪を避けるために
保険会社とコンプライアンスの関わり
保険を販売するのは、代理店の仕事です。では保険会社の社員は何をしているかというと、代理店が円滑に保険を販売できるよう商品勉強会を行ったり、時には同伴して顧客に説明したりといった業務を行います。しかし、保険を販売する際には、どんな手段を講じても良いということはありません。例えば「契約してくれるまで家から出ないぞ」というのは圧力募集に該当しますし、掛け捨ての保険なのに「この保険は満期になると特別にお金が支払われます」と虚偽の説明を行うことは禁止行為にあたります。保険会社の社員は、自らが募集に携わる場合は勿論、代理店にもこのような違反行為をすることのないようコンプライアンス(=法令遵守)教育を定期的に行っています。
よくあるコンプライアンス違反①
かつてコンプライアンス違反で多かったのが、他人名義の印鑑で契約することです。例えば自動車保険の満期が近いのに契約者と連絡がとれないからといって、代理店が100円ショップにあるような安い印鑑を買って書類に捺印した、等があげられます。確かに無保険になることは怖いことですし、連絡がとれないから困ってしまったという代理店の気持ちは理解できないわけではありません。しかし、連絡がとれないのは実は別の代理店で既に更新済みで、言い出しにくいからわざと連絡がとれないようにしていたということも考えられますよね?そもそも満期ギリギリになるまで契約者に連絡しないというのが、代理店としてスケジュール管理が甘いのです。更新にあたっては、新しい保険料を計算し、補償プランを考え、契約者に説明する・・・とそれなりの時間が必要なのに、そもそも連絡がとれないというのは準備不足にも程があります。手持ちの印鑑で勝手に契約して、後日「他社と二重契約になっているようだ」「契約してもいないのに、証券が届いた」等契約者からの申し出によって、この悪事は発覚することが多いです。私は現職の時に、担当していた代理店が第三者の印鑑で捺印して契約をしていたことが発覚したため、該当の募集人を退職、その募集人を雇用していた代理店に代理店手数料のカットというペナルティを課したことがあります。また、その募集人が手続きした契約者を何十件か抽出し、印鑑が昨年の印影と異なっているものはないか等をチェックしました。このような問題が発生すると非生産的な業務ばかりやることになり、担当者としては非常に気が重い日々が続くこととなります。最近の自動車保険は満期まで連絡がとれなかった場合、前年と類似条件で更新してくれるという特約がついているので、代理店が暴走する機会も減ったことと思います。
よくあるコンプライアンス違反②
コンプライアンス違反は、保険金請求の時にも発生しています。分かりやすい例としては、自動車の事故で「本人・夫婦限定で契約している自動車なのに、子供が運転している時に事故を起こしてしまったから、親が運転していたことにする」「車両保険に入っていない時に車両損傷の事故を起こしてしまったから、急いで車両保険に加入してその何日か後に事故の報告をする」があげられるでしょうか。実際に保険金を支払うことができない事例で、代理店が契約者に偽装を指示したのであれば、これは問題です。運転手が異なることは事故状況をヒアリングしていれば分かることですし、車両の破損も事故から傷の具合を見ればサビや腐食の具合で事故からどれだけの日数が経過しているか分かります。実際に前者の例は私の同僚が体験したコンプライアンス違反の事例であり、発覚以降その代理店の全従業員に対して厳しいコンプライアンス教育が行われ、改善策の検討等も行われました。更に違反を起こした募集人は、保険に関係のない部署に異動になる措置も取られました。保険会社は、事故を受付したらすぐに支払いの手続きをとるわけではありません。事故の状況や当事者からのヒアリングを経て、不審な点がないかどうかを確認し、問題がないと分かってようやく保険金支払いとなるのです。悪質な事例では、代理店・契約者・修理工場がグルとなっている場合がありますから、迅速な対応の中にも悪事を見逃さない確かな観察眼を持っていなければいけないのです。
悪質な契約者対保険会社
上記のように代理店主導で不正請求を行ってくる場合もあれば、契約者が独自で不正請求を行ってくる場合もあります。自動車保険のように事故で保険金を受け取ったら等級が下がるような保険では、不正請求はそれ程頻発しません。保険金を受け取ると、結果的に翌年の保険料が上がるので、不正請求する側にとってすごく利点があるわけではないからだと思います。不正請求で多いのは、傷害保険ですね。保険金を受け取っても翌年の保険料が上がるわけではありませんし、生命保険のように加入の際に告知することもあまりないので、加入も簡単です。私が昔体験した事例ですが、海外旅行保険を契約して旅行に行く度に、旅行先で怪我を負ったからといった数十万から数百万円単位の保険金を請求してくる契約者一家がいました。仮にA家としましょう。何も知らずにA家のことを聞くと、「旅行先で度々不運な事故に巻き込まれて可哀想・・・」と思うかもしれませんが、コンプライアンス目線で見ると「旅行の度に事故に遭う確率はとても低い、海外で診断書を偽装し、日本で不正請求を行っているのではないか?」という疑惑が生まれます。海外旅行保険は代理店やHPで簡単に加入できてしまう保険ですし、クレジットカードを持っているだけで補償されるタイプのものもあります。例にあげたA家に関しては、加入の度に別の代理店を通して契約していました。でも保険会社は同じなので、要注意人物として把握することができました。契約手続きをした代理店には、「A家の関係者が加入しようとしてくる契約は、不正請求の可能性が非常に高く安易に契約すると無用なトラブルに巻き込まれる可能性があるので、なるべく断るようにして下さい」とお願いしました。代理店にとっても、保険金支払いの額が多ければ多いほど自分の代理店としての評価を下げるわけですから、意外と受け入れてもらえます。一方で、A家が契約に訪れるかもしれない他の代理店へも注意喚起が必要です。しかし、そこで保険会社が「A家という契約者が不正請求を行っている可能性があり・・・」と言ってしまうと、個人情報の流出になってしまうので、それは保険会社がコンプライアンス違反をしたということになってしまいます。よって、注意喚起はコンプライアンスに抵触しない範囲で行うしかありません。この時は「飛び込みで海外旅行保険に加入する契約者には注意しましょう」と、お茶を濁すような形でお伝えしました。個人情報の制約がなければ、他社と情報共有して他にも不正請求の事案がないか確認したり、警察に相談したりということができたのですが、A家に関してはその後目立った動きもなく終わりました。不正請求は見逃せない、見逃してはならない悪事と言っても過言ではありません。しかし、保険会社には保険業法、個人情報保護法等守らなければいけない法律がたくさんあります。それらに行動を制限されてしまい、コンプライアンス事案が解決できないということが実際にあるということを知って頂ければと思います。
契約者へのお願い
実際の保険料よりも高い保険料を契約者に水増しして請求し、その差額を自分の懐に収めてしまうような代理店もいます。そのような代理店は処罰されてしかるべきですが、長期間騙されていることに気付かない契約者もいます。支払った保険料と契約の保険料の差額なんて、証券と領収証(あるいは口座の引き落とし結果)を見れば一目瞭然のはずです。代理店に全てを丸投げしたばかりに、そこにつけ込まれてしまい、気がつけば自分がコンプライアンスに関る事件に巻き込まれてしまっていた・・・なんてこともあります。そのような事態に不用意に巻き込まれないためにも、定期的に保険料の確認をしたり、証券の内容を確認しておくことをおすすめします。